2011/11/09

【フランス旅行記】パリ観光・La tour Eiffel エッフェル塔

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凱旋門の後は、即座にエッフェル塔を観に移動しました(笑)地下鉄で1回乗り換えてって感じでしたね。時間がない中でしたので、このパリの超観光名所の凱旋門とエッフェル塔の2つに絞った感じです。もっと時間に余裕があれば、ゆったりな感じで散歩でもしたかったんですがね。このエッフェル塔もやはり強烈でした。フランスに行った事がなくても日本のテレビなどでも散々、放送していますし、それにサッカーのフランスリーグの名門・Paris Saint-Germainのユニフォームには首元の辺りにこのエッフェル塔のデザインが入ってるくらいですし。まぁ時間にもっと余裕があれば、Paris Saint-GermainのスタジアムであったりとかParis Saint-Germainのメガストアにでも行きたかったんですがね…PSGの長袖の黒のユニフォームとか非常に欲しいんですよね。個人的にそこまでフランスサッカーやフランスリーグには興味はないんですが、Paris Saint-Germainだけは魅力がありますので(笑)一応、パリ土産として、凱旋門とこのエッフェル塔の置物みたいなのは購入しておきました(笑)次、フランスに行く機会は、まぁKMFDMのライブがない限りは行く機会はないと思いますし(笑)

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凱旋門に続き、このエッフェル塔に関しても詳細・概要をwikipediaから引用して掲載しておきたいと思います(笑)
エッフェル塔(エッフェルとう、仏: La tour Eiffel)は、フランスの首都パリの象徴的な名所となっている塔である。
フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造されるべくコンペティションが開かれた。ここで、ギュスターヴ・エッフェルほか2者の案が採用になった。設計者がステファン・ソーヴェストル、モーリス・ケクランとされたり、エッフェルは工事を請け負ったにすぎないとされたりするが、当時ソーヴェストルとケクランは、2者ともエッフェル社の社員で、エッフェルとともにコンペに参加していた。最終的にはエッフェルが著作権者となり、この塔の名前の由来になった。
1886年6月3日、コンペティション最優秀作品として委員会が選んだのは3案あり、フェルディナン・デュテルとジャン・カミーユ・ルミジュの作品(美術館など)と、エッフェル、ソーヴエストル、ケクランらの設計図であった。満場一致の採択であり、講評は「1889年の万国博覧会用に建てられる塔は決定的な特徴をもち、金属産業の独創的傑作として出現しなければならない。この目的に十分適うのはエッフェル塔のみと思われる」であった。こうしてエッフェル塔建設が始まる。
建設は万博に間に合わせるため、2年2ヶ月という驚異的な速さで行われ、1人の死者も出さなかった。
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建設当時の高さは312.3m(旗部を含む)で、クライスラービルが完成するまでは世界一高い建造物であった。現在は放送用アンテナが設置されたため、324mとなっている。展望台は3つあり、高さは57.6m、115.7m、276.1mである。第2展望台までは階段でも昇ることが可能。水圧エレベーターなど、当時の基本構造は今でも現役で稼動している。鋼製ではなく錬鉄製の塔である。塔の支点の下には、水平に保つためのジャッキがある。
あまりに奇抜な外見のため、建設当時は賛否両論に分かれた。反対派の文学者ギ・ド・モーパッサンは、エッフェル塔1階のレストランによく通ったが、その理由として「ここがパリの中で、いまいましいエッフェル塔を見なくてすむ唯一の場所だから」と言っている。ここから、「エッフェル塔の嫌いなやつは、エッフェル塔に行け」ということわざも生まれた。
なお万博後には来訪者も減ったことや、当初の契約から1909年には解体されようとしていたが、のちに、軍事用の無線電波をエッフェル塔から送信することになり、そのため国防上重要な建築物ということで、現在に至るまで残っている。
現在では、パリを代表するシンボルとなっている。1991年、この塔を含むパリのセーヌ川周辺は世界遺産として登録された。
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エッフェル塔自体の著作権は、既にパブリックドメインに属しているが、2003年に施されたライトアップ装飾によって「エッフェル塔に新たな創作性が付与された」と解釈され、2005年2月2日に改めてパリ市が著作権を取得した。このためライトアップされた夜景の映像を許諾無しに公表すると著作権侵害となってしまう。しかし、個人サイトなどで公表する場合は黙認されている状態に近い。日本ではこのような規制はない。
エッフェル塔内部にはパリの景色を一望できるレストランが開業している。特に有名なのが、ミシュランガイドでも1つ星を獲得したことのある「ジュールベルヌ」である。
エッフェル塔は自殺の名所でもあり、毎年多数の人が飛び降りている。現在でも、展望台は簡単な柵あるいは金網が設置されているだけの吹きさらしである。1912年にはエッフェル塔最古の事故死の記録映像が撮影された。(参考:フランツ・ライヒェルト)
チャールズ・リンドバーグの「翼よ、あれがパリの灯だ」という名言の「パリの灯」とは、1925年から1936年まで自動車メーカーのシトロエンがエッフェル塔に掲げていた巨大な電飾広告の事だと言われることもあるが、「翼よ、あれがパリの灯だ」という台詞は日本でのみ人口に膾炙している後世の脚色である(リンドバーグの項を参照)。
大阪の初代通天閣のモデルともなっている(下半分のモデルはエトワール凱旋門である)。
エッフェル塔に「正面」はない(東京タワーにはある)。
ラスベガスのカジノホテルであるパリ・ラスベガスには、エトワール凱旋門とともにエッフェル塔のレプリカが作られた。
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