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【ドイツ旅行記】18. Wave-Gotik-Treffen2日目の前にLeipzigの街歩き。

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18. Wave-Gotik-Treffen2日目ですが、まず初日の疲れからホテルの朝食時間が終わる時間まで、完全に寝ていました(笑)ライブ自体が15時からという事もありますし、午前中から外出とかする気になりませんし、出来れば昼まで寝ていたいくらいでしたが、ホテルの掃除に叩き起されてしまいました(笑)この4日間、自分以外にホテルに泊まっていたのも18. Wave-Gotik-Treffen参加の連中だったんですがね(笑)11時頃に、とりあえずライプツィヒの街歩きでもしようという事で、中央駅から旧市街の方面に向けて歩きましたが、なかなか素晴らしい街でしたね。旧東ドイツの街と言う感じはしませんし、かなり綺麗になっていますし、飲食店も問題なく英語通じますし、かなり綺麗な感じになってますね。ワールドカップの開催地にもなったくらいですから、やはりそれだけ、しっかりとしてる街だと思いますね。それに旧東と言っても街の位置的にも南ドイツの街にも、そこそこな時間でいけますからね。
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建造物はかなり良い感じでした。確かに他のドイツの街で観る街並みというか建物とはちょっと違う感じで旧東ドイツの独特な建物というものも見れましたね。かなり近代的な部分もありますし、良い感じでしたね。この街には結構、通な日本人観光客も訪れているみたいですね。特に日本人にとっては、このライプツィヒに森鴎外、滝廉太郎と言った人物が留学していますし、下調べが悪かったので見つけられませんでしたが、森鴎外か滝廉太郎のどちらかの通りがあったと思います。この当時の人がドイツにライプツィヒに留学していたというのは物凄く熱いですね。その当時から日本とドイツのかけ橋ともなってくれていたのかと思うと素晴らしいものがありますね。
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簡単にライプツィヒの街の解説を引用したいと思います。
ライプツィヒ(ドイツ語: Leipzig(ヘルプ・ファイル))はザクセン州に属するドイツの都市である。人口は約49万8千人(2004年12月現在)で、ザクセン州では州都ドレスデンをやや上回って最大の都市で、旧東ドイツ地域ではベルリンについで2番目である。ライプチヒとも表記される。 ベルリンの壁崩壊、ひいては東西両ドイツの統一の端緒となった住民運動の発祥地である。
7世紀から9世紀、エルスター川とパルテ川の合流地点近くに、スラヴ人の集落ができたことがこの街の始まりとされている。 「菩提樹が育つ場所」という意味の "urbs Libzi" というスラヴ語で呼ばれ始めたのは、1015年頃に遡る(このため、日本でも稀に菩提樹市と称される場合がある)。
聖トーマス教会ライプツィヒの聖トーマス教会カントル(トーマスカントルとも)は近世においてドレスデンの聖十字架教会と並んで北ドイツの教会音楽をリードしてきた。トーマスカントルにはJ. S. バッハなど高名な音楽家が多い。1539年、マルティン・ルターは新教布教のために、この聖トーマス教会でも説教を行った。1409年に開学したライプツィヒ大学は、ドイツ国内でハイデルベルク大学に次いで2番目の歴史を持つ。
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ライプツィヒはまた、見本市によって発展した商業の都市である。本の都市としても発展した。15世紀末までは、外国の印刷業者や書籍商により印刷物が持ち込まれていたが、1481年、ライプツィヒでも本が印刷されるようになる。1530年までに、1300種類もの本が出版された。1594年からは、本の見本市のカタログまで出版されるようになり、1650年には、世界初の日刊紙がライプツィヒで登場することになる。 次々と新しい印刷所と出版社が生まれ、ライプツィヒは今日に至っても有名な書籍の街である。岩波文庫を作る際に手本にしたとされるレクラム文庫や、世界で最初の音楽出版社ブライトコプフもここで生まれた。
旧東ドイツ時代にはライプツィヒはドレスデン、カール・マルクス・シュタット(現・ケムニッツ)とともに東ドイツの主要工業地域を形成した。
東ドイツ時代末期の1989年には「月曜デモ」と呼ばれる反体制運動が起き、旧東ドイツにおける民主化運動の拠点となった。
ドイツ統一後は、旧西ドイツの企業も進出し、最近ではポルシェ社やBMWが工場を建設し、話題になった。
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との事です。この日、18. Wave-Gotik-Treffen2日目の土曜は丁度、この街を本拠地とするFCザクセン・ライプツィヒ(FC Sachsen Leipzig)の試合がありましたね。ちなみにFCザクセン・ライプツィヒ(FC Sachsen Leipzig)は現在4部に所属しています(苦笑)これだけの大きい街であってもやはりサッカーにはかけられる金はないみたいですね。この町のクラブがブンデスリーガにいたら熱いものがありそうですけどね。ワールドカップで使用した素晴らしいスタジアムもありますからね。試合のチケットも10ユーロと安かったので見に行こうかと思いましたが、面倒だったのでやめました(笑)ちらほらサポーターは見かけましたがね。
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