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【ドイツ旅行記】チェックポイント・チャーリー (Checkpoint Charlie)・ベルリンの壁

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Platz der Luftbrucke駅から、そのままUバーンに乗ってKochstrasse駅へ。ここも過去2度ベルリンに来た時に訪れていますが、やはりベルリンの主要観光地と言う事もありますので、今回も行きました。ここはかつての東西ベルリンの国境検問所でもあった、チェックポイントチャーリーがある場所ではありますが。ただ、チェックポイント・チャーリーというのは東独の検問所ではなく、西側連合国側の「検問所」の名前だった様ですね。ベルリンの壁が崩壊する前に外国人が西ベルリンから東ベルリンに入る時の国境検問所でもあった様です。





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ベルリンの壁が崩壊する前に外国人が西ベルリンから東ベルリンに入る時の国境検問所でもあった様です。かなり東ベルリンに行くには検問で時間がかかり厳しかったという歴史がある様です。パスポートチェックなど本当の検問を行う東独側の検問所は、所在地の名前をとって「フリードリッヒ通り検問所」と言ったそうです。 この場も過去2度ベルリンに訪れた時に来ていますが、やはりこの辺りはベルリンの歴史を感じられますね。今となっては、ここがかつての国境検問所だったなんて思えないですがね。この国境を強行的に突破して亡くなった人の数もかなりの様ですし。それから、このチェックポイントチャーリーに隠されたもうひとつの秘密。
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チャーリーというのはアルファベットの「C」を表すコード名です。つまり、ここは「C検問所」という意味だったのです。ということは、A(アルファ)とか、B(ブラヴォー)と呼ばれた検問所も実はあったのです。いずれも米軍が、西ドイツから東独地域を通って西ベルリンに入り、さらに東ベルリンに入るためのルート上にあった検問所だそうです。この辺りの壁の残りは他のベルリンの壁の残りとは、違ってかなりリアリティと言うか迫力があります。この寂れ壊れた壁の感じとか、ゾクゾクしますね。前回来た時の旅行記でも掲載したと思いますが、今回もベルリンの壁の歴史等の概要を引用します。
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。『1961年から1989年の間に存在した東ドイツ(東ベルリンを含む)と西ベルリンを隔てる壁。東ドイツが建設した。第二次世界大戦後、ドイツは米・英・仏占領地域を基礎とする資本主義体制を採った西ドイツとソ連占領地域を基礎とする共産主義体制を採った東ドイツに分断した。ベルリンは都市自体が米英仏ソによって分割占領されたが米英仏の占領地域たる西ベルリンは周囲を全て東ドイツに囲まれた「赤い海に浮かぶ自由の島」となってしまったことで東ドイツ住民の西ベルリンへの逃亡が相次いだ。 かかる住民流出に危機感を抱いたソ連及び東ドイツ政府は住民流出を防止するために壁を構築した。壁は両ドイツ国境の直上ではなく、すべて東ドイツ領内に建設されていた。同一都市内に壁が建設されたのはベルリンとメドラロイト (Mödlareuth) だけであった。冷戦時代の象徴、そしてドイツ分断の象徴とも言われたが、1989年のいわゆる「ベルリンの壁崩壊」以降破壊され、一部が記念碑的に残されている以外現存しない。』
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もっと時間に余裕があれば、ベルリンの壁があった跡地には街中も地面にプレートがありますので、そのプレートに沿ってひたすら歩くと言うのも、また面白いかも知れませんね。また違ったベルリンの一面が観れそうな気がします。 しっかし激動な歴史を辿ってきたベルリンが今では、これだけの音楽・カルチャー・文化の発祥地として世界中が注目をする都市にまでなったと言うのは本当に熱いと思いますね。ベルリンの西と東だけでなくドイツの旧東ドイツの街への魅力が以前よりも非常に増していますので、次回ドイツに行く機会があれば行ってみたいですね。北部のロストック辺りも旧東ドイツですが、あの辺りは、かなり今では観光地になっていますので、北東部よりもLeipzigやDresdenですね。Zwickauという街も独特な感じがします。それから今回結局、時間なく行けなかったポーランドとの国境のFrankfurt(Oder)という街も行きたかったです。物価もこの辺りは安そうですし、おそらくスロベニアやチェコのプラハの方が、この辺りのドイツの街よりも高いでしょうね。
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