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【ドイツ旅行記】ベルリン、ミッテ地区にある芸術家のための建物『Tacheles』

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Hackescher Markt駅周辺のいわゆるベルリンのミッテ地区にある、Oranienburger Tor駅近くにある芸術家のための建物、アトリエ、クンストハウスでもある『Tacheles』と言う激渋な場所も2年前に訪れる事が出来なかったので、今回は絶対に行きたかったので、londonaz19さんと待ち合わせしてから一緒に向かいました。やはりベルリンと言えばアート・ギャラリー的な部分でのイメージが強いですし、アート・ギャラリーに関しても自分はそれなりに興味もありますので、こういったベルリンの一面も観たかったですし。自分で撮っておきながら、この写真は結構、気に入っています(笑)



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ここは、余りにも激渋です。すげーアンダーグランドな感じがしてヤバいですね!タヒェレス (TACHELES) の歴史の紹介文があるので引用しておきます。 1907-1909年フリードリヒシュトラーセパサージュは、「商品の殿堂」として建てられました。当時にあっては、ベルリンで第2の規模を誇るショッピングモールであるとともに、鉄筋コンクリート建築の草分けでしたが、ファサードにはゴシックおよび古典様式の要素が取り入れられていました。建物の中央には、ヨーロッパ最大の鉄筋コンクリートのドームが、吹き抜けの天井として設置されていました。
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建物全体が最新のものであり、その技術と形状は現代の曙(あけぼの)を表現するものでした。1928年電気機器分野の大企業アーエーゲー (AEG) がこの建物を引き継ぐと建物は「技術の殿堂」となり、映画の上映を含め展示や製品発表の場として利用されるようになりました。 1936年、ベルリンでオリンピックが開催されたときには、世界初のテレビ中継が、この建物から行われました。1933年以降、ナチスの党組織によって占拠される部屋がしだいに増えて行きました。1941年には、DAF(ドイツ労働戦線、政治的に画一化された労働組合)がこの建物の所有者になり、また「SS中央土地局」が拠点をおきました。大戦中は、引き続き計画が立案され、生産が行われましたが、943年、最上階にフランス人戦争捕虜が一時的に収容されていたことが分かっています。
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1949年ドイツ民主共和国(東ドイツ)の建国とともに、この建物はFDGB(自由ドイツ労働組合総同盟)の手に移りました。 その後、一時的に利用されることはありましたが、ドイツないしベルリンの分割により、建物は使われないまま放置され、しだいに荒廃が進んで行きました。中には、NVA(東ドイツ人民軍)、国立芸術学校、映画館Cameraによって使用された空間もありましたが。フリードリヒシュトラーセパサージュの、戦時中の被害は建物全体に及ぶものではありませんでしたが、1969年および1977年の構造鑑定により、建物の解体が勧告され、80年代の初めに何度か爆破が試みられました。それでも、1923-24年に貴重品収蔵庫として後から設置された2層の地下室のために、今日残っている建物部分が破壊されずに残されました。
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1989年「壁」崩壊後、東ベルリンでは、ミッテ地区、プレンツラウアーベルク地区、フリードリヒスハイン?0地区を中心に、建物の占拠をともなうサブカルチャーが発生しました。 フリードリヒシュタラーセバサージュの最終的な解体は、1990年4月に予定されていましたが、芸術家イニシアティブ・タヒェレス (Tacheles) による占拠によって阻止されました。そして公的機関の支援により、建物の維持が実現し、構造鑑定の結果、同年、建物は歴史的建造物として保護されることが決定しました。1998年タヒェレス (Tacheles) に関連する建造物は、投資家グループ FUNDUS によって買い取られましたが、その際の条件は、タヒェレス (Tacheles) を歴史的に価値のある、現代の文化にとって重要な場所として維持するということでした。そして月1ユーロというシンボリックな賃貸料が設定されました。2000-2002年建物の改修が行われることになりましたが、その際の建築コンセプトは、古い廃墟的なものと、新しい、現代を想起させる形態要素を対照的に結びつけるというものでした。芸術の殿堂タヒレス (Tacheles) は、芸術と文化の新形態の交流、成立に奉仕する、国際的な出会いの場でしたが、それはこれからも変わりません。タヒェレス (Tacheles) のコンセプトでは、映画館、劇場、バーといった様々な分野と並んで、世界中から集まる若い芸術家のためのアトリエとして、この空間を利用することに重点がおかれています。
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